はじめに
実験データは、常に特許明細書において不可欠な要素です。 特許性の基準が厳しくなる中、特許出願におけるデータの重要性はこれまで以上に高まっています。
特許法第3条(e)の相乗効果、第3条(d)の有効性、発明の実施を含めた技術的前進を示すためなど、完全な明細書でデータが必要とされる状況は様々です。ここでは、データが必要とされるインド特許法の様々な条項、データの性質、データを提出する段階について説明します。
A. 進歩性
進歩性の異議申し立てを行う場合、単に先行技術文献の組み合わせが申請された発明に結びつかないことを示すだけでは不十分です。その発明に先行技術に対する技術的前進 があることを立証する必要があります。重要な点は、申請された対象が当業者にとって非自明であり、技術的前進や経済的な意義を示すことができなければ、その申請は進歩性を欠くということです。
La Renon Healthcare 対Kibow Biotech(ORA/28/PT/2011/MUM)において、知的財産権審判部(IPAB)は、無効の審判を請求された発明に対して、その発明を持し、請求された発明の利点を正当化できるような実施例による明示的なサポートが必要であるという判定を下しました。例えば、抗体に関する申請では、「バイオテクノロジー関連特許出願に対する審査ガイドライン」において、「治療や診断の可能性がある抗体に対する申請は、特定の疾患における標的タンパク質の役割が特定され、十分なデータによって証明されていない場合には支持されない」と明確化されています。
選択特許では、出願の許可を確保するため一般的な開示と比較して選択された種の技術的進歩を示す比較データが不可欠です。
出願時の完全な明細書に技術的前進が記載されている必要があります。Ajantha Pharma対Allergan(ORA/21/2011/PT/KOL)では、IPABは、利点や申請を裏付けるためには、出願時にデータ、特に比較例が絶対に必要である、としました。通常、出願日後に発見された追加的な技術的進歩は認められませんが、現在ではこの点はやや微妙になっています。
最近では、「出願後データ」とも呼ばれる出願後の追加データを申請で受け入れる傾向が強まっています。しかしこのような場合、特許明細書には申請された技術的進歩が出願時に出願人に知られていたことを示す十分な裏付けを示す必要があります。Astrazeneca社対Intas Pharma社(MANU/DE/1939/2020)では、デリー高等裁判所は出願後のデータを記録に残すことができない場合を「技術的進歩を示す優先日以降の証拠は、 IN625明細書に組み込まれている技術的効果の存在を確認するためにのみ考慮され、技術的進歩が一般的な知識を持つ当業者によって理解され、初めてその効果を立証するために同じものに依存するものではないことを示すものです」と指摘しています。
従って、出願人は最初の審査報告書(FER)や口頭審理通知に対して、新しい技術的効果が明細書で裏付けされていない場合、その効果に頼ることができない場合があります。この理由で、審査管理官はGivinostatとステロイド/グルココルチコイドの併用に関するインド特許出願第6080/DELNP/2014号の技術進歩を裏付ける出願後のデータを認めませんでした。2020年8月7日、審査管理官は「出願後のデータは、完全な明細書に開示された実験データに依存していなければならず、本出願では、請求された組み合わせを実現するためのデータが確立されていない」と判定しました。
十分要件
特許権所有者の排他的な権利は、定義された期間中、他人による自分の発明の作成や使用を止めることができますが、その一方で発明を詳細に開示する義務があります。これにより、独占期間が終了した後、他人がその発明の作成や使用ができるようになること、開示された発明がより新しい技術開発の基礎となるというふたつの目的を果たします。発明の詳細な開示義務については、同法第10条(4)に次のように記載されています。
「第10条(4)(a) 完全な明細書は
(a) 発明、作用又は用途及びその実施方法を十分かつ詳細に記載しなければならない
(b) 発明を実施する最善の方法を開示しなければならない」
第10条(4)(a)および第10条(4)(b)は、完全明細書には、当業者が開示された発明を実施または製造できるだけの十分な詳細が含まれていなければならず、少なくともその発明の最良の実施態様を示すべきであることを共同で示唆しています。実際、開示は関連する技術分野の当業者が過度の実験や発明的な工夫をすることなく実施可能な開示でなければなりません。
Tata Global Beverages Limited対Hindustan Unilever Limited(TRA/1/2007/PT/MUM)におけるIPABの判決は、この点についていくつかの指針を示しています。ここで、IPABは、少なくとも1つの発明の実施方法が明確に記載されていて当業者がその発明を実施することが可能であれば、十分性の要件を満たすと判断しました。更にIPABは、第10条(4)は発明を実施するために考えられるすべての方法を実施する必要があることを意味するのではなく、出願人が知っている最良の方法を開示すれば、開示の十分性の要件を満たす、としています。FDC社対Sanjeev Khandelwal とOrs(OA/15/2009/PT/MUM)では、IPABは最良の方法を提出する義務はあるものの、請求項が最良の方法を代表するものである必要はないことを明確にしました。
しかし、個々の構成要素の範囲や複数の実施形態が請求されている場合、出願人は請求項の範囲全体を網羅する十分な実施例を提出しなければならない場合があります。これは、特に化学、バイオテクノロジー、医薬品の分野に関連しています。医薬品分野における特許出願審査ガイドラインには、次のように記載されています。「発明が製品自体に関連する場合、請求されたすべての化合物、または少なくとも請求された化合物のすべての属の例で説明を裏付けなければならない」
ここで重要な点は、出願時の完全な明細書に関連するデータが記載されている必要があるということです 。出願後のデータの受け入れ可否は審査管理官の判断によりますが、場合によっては、出願中に追加の作業例が含まれることもあります。しかし、このような場合には、明細書にかかる申請に対する十分な裏付けが記載されていなければなりません。
実施モデル:
実施例に加えて、特許出願人は、発明のモデルやサンプルを作成する必要がある場合もあります。この要件は、「特許はアイデアに対して付与されるものではなく、申請された発明は実施可能でなければならない」という原則に基づいています。
特許法第10条(3)では下記のように規定されています。
「いずれかの特定の事件において、発明を説明するもの、若しくは発明を構成すると主張されるものの雛形または見本によって更に出願を補充すべきであると審査管理官が認める時は、審査管理官の求める雛形または見本を出願が特許付与のために整備されていると判断される前に提出しなければならない。ただし、当該雛形または見本は明細書の一部を構成するとはみなされない」
技術的先進性や十分性のデータ要件とは異なり、このデータは自発的に提出する必要はなく、特許庁から要求された場合にのみ提出することになっています。近年、このデータに対する要求が著しく増加しており、通常はFERや口頭審理通知で提起されます。製品やデバイスの動作を明確に示した動画や、主張する方法を示した動画の提出により、この要件を満たす場合があります。
一般的に、機械工学関連の発明では、審査管理官が出願書類だけでは実現の可能性がないと判断した場合に、この要件が特許庁によって提起されます。例えば、自然法則や科学的原理に反すると思われる発明(永久機関に向けた発明など)の場合、審査管理官は特許を付与する前に、そのような発明が機能することを示すモデルを要求する場合があります。実用新案を要求された場合、特許明細書が請求された発明の実施の証拠を十分に示していることを証明できない限り、実用新案を提出することが望ましいでしょう。太陽光・電子エンハンサーに関するインド特許出願第1451/MUM/2013号では、出願人がそのような動作モデルを提出できなかったため、特許庁は出願を拒絶しました。
B. 第3条(d)
第3条(d)では、既知物質の塩、エステル、エーテル、多形体、代謝物、純形態、異性体などの「新形態」であっても、その物質の既知の有効性の向上や、既知の物質の新たな特性や新たな用途の発見につながらないものは、特許性がないとしています。新形態の特許を取得するためには、出願者は新形態が既知の物質よりも優れた有効性を示す実験データを提供する必要があります。
Novartis対Union of India(2013年民事訴訟番号2706-2716)では、インド最高裁は、バイオアベイラビリティの向上が治療効果の向上につながるかどうかは具体的に主張され、研究データによって立証されなければならないという判決を下しました。
有効性に関するデータは、出願時または出願後に提供される場合もあります。Pfizer Products Inc.対特許および意匠審査管理官(OA/30/2011/PT/DEL)では、IPABは審査管理官の判決に対する上告を受理する一方で、審査管理官は「機械的かつ恣意的に出願を拒絶するのではなく、控訴人に実験データを提出する合理的な機会を与えることができたはずである」と判断しました。
C. 第3条(e)
特許法第3条(e)では、単に成分の混合により成分の諸性質が集約されただけの組成物を特許の対象外としています。第3(e)に基づく異議申し立てを行うためには、組成物の構成要素の間に機能的な相互作用が存在し、それによって、個々の性質の技術的効果の合計よりも大きい複合的な技術的効果が達成されることを証明する必要があります。実際、相乗効果は、請求された結果を達成するために構成要素が相乗的に作用することの実験的な実証することによって証明されなければなりません。 相乗効果には、有効性の向上、安定性や保存性の向上、溶解プロファイルの向上、毒性の低減などが挙げられます。
「ジクロフェナクおよびその薬学的に許容される塩の注射薬調剤」に関するインド特許第231479号の付与後異議申立手続きにおいて、特許庁は、第3条(e)に基づく出願を拒絶し、具体的な証拠やデータがないため、注射部位の痛みを軽減することに有効性があるとする出願人の主張は妥当ではないと判断しました。具体的には、請求項に記載された製剤の臨床データが、先行技術のジクロフェナク注射剤よりも請求項に記載された組成物を使用した場合に痛みが少ないことが完全明細書に記載されていないとしました。
Willowood Chemicals Private Limited対特許および意匠審査管理官補(OA/53/2020/PT/DEL)では、IPABは、相乗効果のある除草組成物に関するインド特許出願第2668/DEL/2015号において、出願人が明細書で提出した相乗効果のデータを説明できているとして、審査管理官による拒絶命令を無効としました。
相乗効果は、出願時に比較データを用いて特許明細書に記載する必要があります。出願者は、FERや口頭審理通知に対する回答で当該データを提出できます。しかし、相乗効果に関する出願後の提出物は、特許明細書によって裏付けされている場合しか受理されません。
結論
インド特許出願における実験データの目的と有用性を簡単に調査することは、出願に含めることができるデータ、含めるべきデータ、またはそのタイミングを理解する上で有用です。インド特許法の要件を満たすために、出願人には(i)実用例(できれば請求項の全範囲に基づいたもの)、(ii)請求項の発明を最も近い先行技術と区別するための比較例、(iii)有効性データまたは相乗効果データを提出することを推奨します。出願人が十分なデータを得ることができない場合は、発明の作用や発明から得られる技術的効果について十分な開示を行うことが望ましいでしょう。これは、後の段階で出願後のデータを含めるための十分な根拠を提供することで、出願人の権利が出願手続きの過程で保護されるようにするためです。
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Aparna Kareer、パートナー
Aparna Kareerはインド特許庁の登録特許弁理士および知財弁護士です。専門分野には、バイオテクノロジー、化学、製薬、ナノテクノロジーが含まれます。彼女は15年以上にわたり、クライアントと密接に協力しながらインドおよびその他の国での特許出願の草案作成や実務を含む、商業的な観点からの特許サービスを提供してきました。また、特許訴訟や異議申立手続きにも積極的に参加し、インドの様々な裁判所、特許庁、知的財産控訴委員会でクライアントを代理してきました。
Sneha Agarwal、プリンシパルアソシエイト
Sneha Agarwalはインド特許庁の登録特許代理人であり、バイオテクノロジーの実績を持つ弁護士としてライフサイエンスと化学領域を専門としています。彼女はインドおよびその他の国での特許出願書類の作成や実務、インドの特許法、生物多様性法、意匠法に関連する様々な問題についての法的見解など、商業的な観点から特許に関するあらゆるサービスを10年以上にわたり提供してきました。また、起訴や異議申し立てのための口頭審理にも定期的に参加しています。