1. はじめ
いかなる機関、組織又は個人も、中国国内で完成した発明を外国に出願する場合、先ず中国特許庁による秘密保持審査を受けなければならないという規定は、2008年の第3回目改正中国専利法で初めてなされたものである。
中国で完成した発明の外国出願に関する法規定は、連年の法改正により変化を遂げてきた。その背景には、中国企業は技術力の向上により、世界的な市場に参入する意欲が高まり、自社技術について外国に出願するニーズが増えたことや、研究開発のグローバル化が進む中、国境を超えた開発活動が活発になり、外国企業が中国で設立した研究開発拠点でも多くの成果が生み出されるようになったことがある。
このような中国で完成した発明をより便利に外国で特許出願できるとともに、国家の安全や重大な利益に関わる技術の一般公開を防ぐことが、秘密保持審査制度の趣旨である。
2. 法律規定の変化
中国で完成した発明の外国特許出願に関する専利法上の規定は、下記のように、最初の「第一国出願義務」から、「秘密保持審査義務」に変わってきた。それと共に、秘密保持審査を受けずに外国へ出願したものに対して、その中国出願は権利を受けられないという罰則も規定された。
法改正 | 第20条の内容 |
1984年施行専利法 | 主体:中国の組織又は個人 制限:外国へ出願する前に、先に中国で出願しなければならない。 |
2000年改正専利法(第2回改正) | 主体:中国の組織又は個人 制限:外国へ出願する前に、先に中国で出願しなければならない。 専利法第4条に規定された秘密保持規定に従わなければならない。 |
2008年改正専利法 (第3回改正) | 主体:いかなる組織又は個人 制限:外国へ出願する前に、事前に秘密保持審査を受けなければならない。 罰則:中国で専利出願を提出した場合、専利権を付与しない。 |
2020年改正専利法 (第4回改正) | 条文番号が第19条に調整されたが、内容変更はない。 |
「中国で完成した発明」はどのように解釈すべきかについて、『専利法実施細則』第8条の規定によれば、技術方案の実質的な内容が中国国内で完成されたもの、としている。
3. 実務上の運用
3.1 出願時
秘密保持審査の請求方法には以下の3種類がある。
①先に中国で出願し後で外国出願を提出する場合、中国出願と同時か、又はその後に、秘密保持審査請求を中国特許庁に対して提出する。発明の内容はすでに中国の出願書類に記載されているため、秘密保持審査請求書には、発明の名称、出願人、出願番号だけを記載すれば良い。
②先に外国へ出願する場合、外国出願を提出する前、秘密保持審査請求書を中国特許庁に提出するとともに、技術内容を詳しく説明した書類も提出しなければならない。
③中国特許庁を受理官庁としてPCT出願を提出する場合、秘密保持審査を請求するものとみなされ、特別な書類の提出は必要ない。
このうち、中国出願と同時に秘密保持審査請求を提出するのは審査期間が1週間程度と最も短い。他の場合、平均的に1ヶ月程度で審査結果が得られる。「秘密保持の必要がなく、外国へ出願できる」との結論であれば、出願人は、かかる発明について外国出願を提出できる。
秘密保持審査を受けずに外国へ出願した場合、中国出願は権利を受けられないと規定されているが、秘密保持審査義務違反を理由とする拒絶査定は未だ見られていないようである。
3.2 無効審判
秘密保持審査義務違反は、特許の無効理由でもある。
第3回目改正専利法が施行されてから、この無効理由に係わる無効案件はそれほど多くなく、立証の難易度が高いため、この無効理由が認められた案件も少ない。
2022年4月に無効決定が下された「伸縮式トランスミッションアセンブリー」事件(第55586号無効請求審査決定、2022年4月)は、秘密保持審査義務違反を理由に初めて専利権が無効とされた案件だと見られている。以前にも、秘密保持審査義務違反を理由に無効請求がされた案件は何件あったが、いずれにおいてもこの無効理由が支持されることはなかった。
「伸縮式トランスミッションアセンブリー」事件では、合議体は、「中国特許又は実用新案にかかる発明の実質的内容が中国国内で完成されたことに高度の蓋然性があることを示す初歩的な証拠があるなか、権利者がその発明の実質的内容が国外で完成されたことを示す十分な証拠を提供できない場合、権利者はその発明が専利権による保護を受けられないという法的効果を負わなければならない」と、審理の基準を明らかにした。
この事件では、請求人は、権利者は秘密保持審査を受けずに、中国実用新案出願の前にアメリカ仮出願を提出したことを指摘し、権利者のIPOの目論見書、考案者に関するネット記事、権利者のハイテク企業認定公告などを証拠として提出し、実用新案にかかる考案が中国国内で完成されたことを証明した。
合議体は、これら証拠によれば、権利者の所在地と研究開発拠点がいずれも中国であり、4人の考案者は、権利者の従業員としていずれも中国国籍であり、外国永住権を持っていないことから、かかる考案が中国で完成されたものであることには、高度の蓋然性があると認めた。そして、権利者が提出した1人の考案者のアメリカへの渡航記録について、合議体は、わずか10日間のアメリカ滞在中かかる考案を完成したとすることには合理性がないと認定した。
今まで、秘密保持審査義務違反の無効理由が支持されなかった案件の殆どにおいて、かかる発明が中国で完成した発明であることを証明できる請求人の証拠が足りないことがその原因となっている。第55586号無効決定は立証責任分配のルールを明らかにし、中国特許庁の2022年十大審判事例の1つにも選ばれ、今後の実務において参考の価値がある。
4. いくつかの留意点
4.1 発明者と権利者の国籍だけで秘密保持審査の要否は判断されない
秘密保持審査が必要かどうかの最も重要な判断基準は、かかる発明の完成地である。発明者や権利者(出願人)の国籍はある程度参考になるが、それだけに基づいて発明の完成地は判断できない。
「電動独輪自転車」事件(第36591号無効請求審査決定、2018年5月)では、請求人は、中国特許の内容が先に出願したアメリカ出願の内容と同じであって、中国特許の発明者と権利者はいずれも中国人であるため、秘密保持審査なしでアメリカに出願したことに該当し、中国特許は無効にすべきと主張した。合議体は、発明者の国籍と発明の実際の完成地は必ず同一とは限らないため、発明者の国籍だけでかかる発明が中国で完成されたとは証明できないとした。
近年、外国発明者が中国の研究開発拠点で様々な研究開発を行うことは少なくない。このような研究成果は中国で完成した発明に該当する。発明者が外国人であっても、出願人が外国企業であっても、この発明を外国へ出願する場合、秘密保持審査請求をしなければならない。
4.2 研究開発の記録を保存すべきである
「試薬パック」事件(第41282号無効請求審査決定、2019年7月)では、請求人は、中国特許のアメリカ優先権基礎出願の発明者の2人は、深セン市の海外人材招聘プロジェクトの対象であり、プロジェクトの規定により深セン市で働かなければならないことから、優先権基礎出願にかかる発明が深セン市で完成されたものであり、秘密保持審査請求をせずにアメリカで出願したものと主張した。
これに対して、権利者は、発明者間の交流メールと図面を提出し、アメリカ優先権基礎出願の出願日前に、かかる発明が既にアメリカで完成されたことを証明した。
合議体は、図面は技術内容の記録媒体として技術発想の主要内容を表すことができ、発明が完成されたか否かを判断する根拠になりうると認定し、権利者の主張を認めた。
発明の完成地を判断する際に、色々な要素を総合的に考慮する必要があるが、研究開発における文書・記録は発明の進展状況を示す重要な証拠となるので、大切に保管する必要がある。
4.3 他国の秘密保持審査規定も重視すべき
外国へ出願する場合の秘密保持審査制度は、中国特有のものではなく、各国に見られる制度である。そこで、具体的な規定には差異があるため、国際的な共同開発を行い、技術成果について特許出願する場合、関連国の秘密保持審査制度をよく検討する必要がある。
発明の実質的内容の一部が中国で、一部が外国で完成された場合、両国の秘密保持審査規定に従わなければならない。スムーズに出願を提出するように、秘密保持審査の必要書類、所要期間などを十分考慮したうえで、出願国や出願のタイミングなどを決める必要がある。
5. まとめ
今頃、企業のグローバル化に従い、技術開発活動が中国の拠点で行われ、技術成果が生み出されることは少なくない。このような成果を外国へ特許出願する場合、中国の専利法の規定に従い、秘密保持審査を受けなければならない。
中国特許庁が秘密保持審査義務違反で中国特許を無効とした事例が見られるようになった今、出願人は海外特許を取得したい場合、専利法に規定された秘密保持審査義務を果たすよう、より真剣に対応する必要がある。